逃げることは男の勲章?


「……はぁ〜」
 祐一は教室の窓から空を見ながら、溜息を吐く。
 その姿には、どこか儚げなイメージがあった。
「如何したんだ相沢?」
 祐一のただならぬ雰囲気を察した北川が訊く。
 彼の普段、おちゃらけた雰囲気ではなく。
 声色から祐一のことを気にしているのが判る。
「いやな、前に住んでいた街のことを思いだしてな」
 少しでもその場が和むのならと、ちゃかすつもりで北川は言った。
「さては、彼女のことでも思い出してたんだろ」
「恥ずかしい話なんだが……」
「隠すなよ。俺とお前の仲だろ」
「そうだな……、隠すことでもないしな」
「そうだぞ相沢、隠す必要なんてないんだぞ」
 祐一は思い切って、話すことにした。
「たいしたことじゃないんだけどな」
「うん、うん」
「本当にたいしたことじゃ……」
「うん、うん」
「本当の本当にたいした……」

 バン!!

「如何したんだ? 香里、机なんて叩いたりして」
「そうだぞ、美坂。お前らしくもない…」
 祐一と北川の二人は、白々しく言う。
 机を叩いたままの状態で、
「あなた達、それ本当に言ってるわけ」
 さらに香里が逆上する。
「いや、言っている事が良く判らないんだが」
「言葉どおりよ」
 しらばくれる、祐一。
 油を注ぐ北川。
「ねぇ、北川君。それ、私の真似なのかな?」
 ニッコリと香里が微笑む。
 言葉使いもいつもより優しさのニュアンスが含まれていた。
 微笑みの向こう側には、「あたしの真似をするなんて良い度胸ね。いっぺん死んでみる?」と目が語っていた。
「……あっ、あい、沢。逃げる事は男の恥じゃないんだ。むしろ、誇るべき事だと俺は思うんだ」
 顔を上に向け、北川がいまだ隣にいるであろう相棒に囁く。
 相棒こと共犯者の祐一は、空を眺めているつもりなのだろうか? もちろん、そこには空などない。
 あるのは教室のシミのついた天井と蛍光灯。
「相沢君も覚悟はいいわね」
 それは、断定事項。
 そこへ、香里がじりじりと詰め寄ってくる。
「あぁ、俺も同感だ。時には逃げる事も必要だと今、思った」
 二人は顔を見合わせ、何かを合図にするように、
「「ではっ」」
 二人は香里の横を左右に別れて抜け、教室のドアを勢いよく開け逃げ去った。
 その姿を尻目に溜め息交じりで、
「最後はここに戻って来ないといけないのに……」
 香里は逃げた二人の机に掛かっている鞄を一目見、呟いた。



「なぁ、相沢。さっきの話だが」
「あ〜あれか、あれはな、父さんと母さん元気にしてるかなと思ってな」
「……それだけか?」
「それだけだ……」
「「ハハハハ、はぁ……」」
 二人の嘆息が全て、この後の出来事を物語っていた。


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