それはとある日。
旧暦にて15日。

「なぁ、遠野。上手い酒が手に入ったんだ、飲もうぜ」
「おっ、いいねぇ。って、まだ昼の二時だぞ?」
さて、何事もなく会話が進んでいるが、俺達は高2───未成年である。
だが、その事にツッコミを入れるような、いわゆる良識のある人間はここには居ない。
いや、いつもなら俺がその役になるのだが、なんせ最近いろいろあって、コイツとゆっくりと飲む時間が無かったのだ。
ま、たまにはいいじゃないの。
(注 未成年の飲酒はダメですよ?)
「いいじゃねぇの。さ、飲もうぜ」
少し思い出してみる・・・今話しているコイツ───乾有彦は酒に強い。
それに対して俺───遠野志貴は強くない・・・いや、弱いかも・・・。
しかも飲みだすと数時間は飲み続ける状態になる。
止めといた方が良いかな・・・。
今度は少し考えてみる・・・有彦と飲むとこっちは酒に飲まれる。
そのまま家に帰る・・・果たして無事に帰れるのだろうか・・・?
途中で人外なばか女───アルクェイド、や、
戦える僧侶───シエル先輩に拉致られる可能性も否定できない。
というか、向こうが拉致するつもりなら今の状態でも危いじゃないか!
・・・と、とりあえず今は無事に帰れる時の方を考えよう・・・。
その状態で家に帰る・・・まず100%で妹や使用人に見つかる。
使用人の一人───翡翠にみつかった場合は、まぁ大丈夫だろう。
もう一人の使用人───琥珀さんに見つかった場合・・・。
ゾクゾク・・・
なんか寒気がしてきた・・・。
「おい、遠野。顔が青いぞ?」
そして妹───秋葉にみつかった場合・・・。
ガタガタ・・・
「お、おい、遠野!大丈夫か!?」
そして秋葉と琥珀さんの二人に見つかった場合・・・。
ガタガタガタガタ・・・ブルブルブルブル・・・
「と、遠野!?」
「・・・そうして俺は一生、日に当たることなく地下室で朽ちていくんだ・・・」
「遠野!かえってこぉーい!!」
スパーン!
「!・・・あぁ、有彦、助かった」
「本来こういうのを使うのは俺よりお前の方なんだけどなぁ・・・」
有彦はハリセンで肩を軽くたたきながら言う。
「だな。とりあえず今飲むのは遠慮する」
「・・・わるい、遠野。お前の周りの事情を忘れてた」
「わかってくれたか・・・」
しかし、ここ最近有彦とも酒を飲んでいないのを思い出す。
「でも、ひさしぶりにゆっくりと飲みたいな」
「じゃ、いつにする?」
「うーん・・・そうだなぁ・・・」
何気なく外を見る・・・空は雲ひとつない青い空。
視線を部屋にかけてあるカレンダーに移す・・・!
その時、頭の中で一つの考えがでた。
「今夜だ」
「ん。オーライ。で、ウチでやるんだろ?」
「いや。俺の家の庭でやろう」
「ん?なんで?」
「有彦。今日は満月だ」
「ってコトは・・・」
「そう・・・」



『月見酒』




「いいねぇ。で、もちろん眺めは良いんだろうな?」
「おう。木の間から見る月は格別だ」
「ところで、お前の方は良いのか?」
「何が?」
「・・・わざわざオレの口から聞きたいか?」
「そうだった・・・ま、まぁ多分大丈夫じゃないかな・・・」
あ、なんか変な汗が出てきた・・・。
「おい遠野、なんか変な汗かいてないか?」
「き、気にするな・・・」
「おぅ、わぁった。で、どうすりゃ良い?」
「何が?」
有彦の顔がゆがむ。
「・・・オマエなぁ、人様の家に勝手に忍び込むわけにもいかんだろうが」
まったくもって、その通り。・・・だが、コイツならやりかねないと思うのは気のせいだろうか?
「そりゃそうだ。お前が忍び込んだら刑務所行きか、ウチの地下室行きだろうよ」
「・・・どっちが恐い?」
マジ顔で聞いてくる有彦。それに対して俺は涙を流しながら即答。
「ウチの地下室・・・」
思い出すだけでも・・・うぅ・・・
「同情するぜ・・・」
肩に有彦の手が置かれる・・・友よ・・・
「で、何時ぐらいに行けばいい?」
っておい、ずいぶん切り替えがはやいな。
「そうだな・・・」
今から来てもらった方がウチの人間を説得しやすいんだが・・・
それだったらみんなで飲むことになる。
そういうのも好きだが、俺はひさびさに友と飲みたいのだ。
「じゃ、七時前に来てくれ」
「七時前?ずいぶんハンパな時間だな」
「七時には門が閉められるからな」
これは翡翠や琥珀さんに言えばなんとかしてもらえるだろうが、
あんまり二人に迷惑をかけるわけにもいかない。
「こんなトコかな。何か他に質問は?」
はい!と小学生のように手をあげる有彦。
「はい、有彦君」
そして何故かしっかりと先生のように振舞う俺。
「センセー、バナナはおやつに入るんですかぁー?・・・うげふぅ!!!」
間髪いれず、容赦無くヤツの横っ面をとらえる。
「さて・・・他に何か質問は?」
「センセー・・・生徒虐待はイケナイと思いマース・・・」
「却下します。・・・で、ほかに何か聞きたいことは?」
「特になし」
・・・やっぱりコイツの切り替えの速さはすばらしいと思う。
「じゃ、後でまた」
「おう、がんばれ」
「・・・なんでそこでそうなる?」
「ん?ウチの人、説得するんだろ?」
ご名答。・・・ってやっぱり顔にでてるんだろうか?
「なんで、わかった?」
「そりゃまぁ、オマエを見てたら誰でもわかるってぇーの」
やっぱり顔に出やすいのか・・・。



家に戻って夕食をすませた後、部屋に戻って考える。
さて、誰をどう説得しようか・・・。
秋葉───結構ヤキモチやきだからなぁ・・・むぅ。
琥珀さんか翡翠、だなぁ・・・。
「私に何か御用でしょうか」
「のわぁー!!!!」
どすん。と、腰かけていたベッドから床に尻餅をついてしまった。
「ひ、ひす、翡翠、いつの間に部屋の中に!?」
すると翡翠はもうしわけなさそうに、
「お部屋に入る前に声をおかけしたのですが、志貴様は何か考え事をしていましたので・・・」
「あぅ・・・」
ようするに、そこまで深く悩んでいたらしい。
というより、翡翠を無視した俺が悪い。
「と、ところで、翡翠はなんの用事で来たんだ?」
「姉さんが、夕食時の志貴様を見て、何かありそうだから聞いてきなさい、と・・・」
うわー・・・琥珀さんにはバレバレだ・・・。
って、あれ?
たしか琥珀さんの言う無茶な事はキッパリと断るのが翡翠じゃなかったっけ。
「・・・もしかして琥珀さんに言われるまでも無く、翡翠もそう思ってた?」
コク。と大人しめにうなずく。
と、言う事は秋葉ももちろん・・・
「秋葉様もお気づきになられていると思います」
俺の気持ちをさっするように翡翠が言ってくれる。
しかし、これで全員に知られていることがわかってしまった・・・。
・・・これはこれで相談しやすいかも知れない。
「なぁ、翡翠。離れの和室って今使える?」
「離れの屋敷、ですか?・・・手入れの方はしているので使えると思います」
ふむ、それは好都合。
あの場所からは離れの屋敷の方が近いんだし。
「えと、あのさ、悩んでいる事って言うのは、友達を連れて来たいなぁって」
「え、今夜、でしょうか・・・?」
「うん、だから離れの屋敷が使えたら良いなって」
うーん、やっぱりとまどってるな。
そしたらいきなりキッとした顔で、
「その志貴様のお友達と言うのはどなたですか」
なんて事を聞いてくる・・・うぅ、なんか恐い・・・。
・・・一体、何をそんなに怒ってるんだろう。
「アルクェイド様やシエル様でしたらお断りします」
お断りします、ってすごいキツイ言い方だなぁ・・・
あ、なるほど。そう言う事か。
「あぁ、違う違う。今日呼びたいのは乾有彦っていう、俺の学校の友人だよ」
「それでしたら大丈夫と思います」
「あ、そうそう、別に気を使わなくて良いから。琥珀さんにも言っておいてくれないか?」
「秋葉様にはお伝えしなくてよろしいのでしょうか?」
「うん、秋葉にもよろしく」
そして何気なく時計を見る。六時四十五分。そろそろ待っておこうか。
「さて、そろそろ門のところで待っておかないとな。んじゃ翡翠、よろしく」
「はい、かしこまりました」



坂を登る。
遠野の家は坂の上にある、なんつーかレトロなデカイ屋敷だ。
遠野から聞いた話では、遠野と妹の秋葉ちゃん、
それと使用人として、翡翠というコと、琥珀というコの計四人で住んでいるらしい。
しかも無論、みんな可愛いコ。
・・・なんというか、うらやましい限りだ。
まぁ、あのニブい遠野にはいい環境かもしれない。
しかし・・・
「はぁー・・・」
置いてけぼり感が感じられるのは気のせいか?
まぁいい。オレも頑張ってゲットするのみ!
と、意気込んで坂を登り続ける。
てくてくてくてく・・・。
これはオレの足音。
がさがさがさがさ・・・。
これは手にさげたビニール袋の音。
キィンキィン・・・。
これはビニール袋に入っている酒のビンが触れあう音。
ぺたぺたぺたぺた・・・。
これは空耳だろう。
てくてくてくてく・・・。
がさがさがさがさ・・・。
きぃんきぃん・・・。
ぺたぺたぺたぺた・・・。
ピタ。
ぴた。
「・・・」
てくてくてくてく・・・。
がさがさがさがさ・・・。
きぃんきぃん・・・。
ぺたぺたぺたぺた・・・。
ピタ。
ぴた。
さて、大きく息を吸い込んで、と。
「だぁー!なんでオマエがついて来てんだよ!?」
「うわぁ、ビックリしたあー。近くであんまり大きな声を出すとわたしの耳に響いちゃいます。耳に。」
「んな事知るか!・・・で、なんでついて来てんだよ」
「それはですねえ、マスターが『カレーを食べ倒してきます』なんて言って、
 わたしを置き去りにしたまま旅に出ちゃったんです。
 で、一人で留守番するのにもいい加減耐えれなくなって出てきたんですよ」
あの誰かに似てる人かぁ・・・そういえばシエル先輩もカレーが好きだったよなぁ・・・。
って、マテ。これはオレの質問に答えちゃいねぇぞ。
「オレはオマエの身辺状況なんか聞いてない。なんでついて来るのか、を聞いてるんだ」
すると、心底驚いた顔で、
「うわ、有彦さんって、シンペンジョウキョウって言葉知ってたんですね?うわぁー、凄い」
なんて事を、のたもうてくれやがりましたよ。
とりあえず右手で殴る───っと、ビニール袋持ってたか。
気を取り直して左手を拳骨にし、コイツの頭に振り下ろす。
ゴンッ。
あ、けっこー、良い音したかも。
「イタイですようー。なんで有彦さんはすぐに手をあげるんですかあ」
「躾だ」
さらりと言ってやる。言ってダメなら聞かすまでというのはお約束だ。
「で、なんでついて来る」
「一人で外に出たのは良いんですけど、やることが思いつかなくて有彦さんのところへ出てきてみたんです」
「出て、きた?」
ひさびさに背中に悪寒が走る。
そういえばコイツはセイレイ───オカルトだった・・・。
そんなこっちの気持ちを理解したのか嫌なセリフをはなってきた。
「あんまり酷くしたら・・・祟る・・・」
ぐ・・・オカルト関係に弱い俺がこんなセリフを聞かされたら、参るしかねぇよ・・・。
ふと、コイツは霊だったと思い出す・・・ちょっとマテ、なんで・・・殴れたんだ?
「おい」
「はい、なんでしょう有彦さん」
「なんでオレがオマエにさわれたんだ?」
「それはですね、わたしが一人で留守番するのに、スカスカの状態じゃ不便かもしれない、
 と言う事で実体を持たせてもらったんですよ。」
「そうか。んじゃ、さっさと帰れ」
「え?」
キョトンと目をみはるコイツ。
「留守番のために実体化したんだろ?だから、帰って留守番しとけ」
これは正論だと思う。
「えー?せっかく実体化したんだから、いろいろしたいですよ?」
「・・・そうこうしてるうちに、マスターとやらが帰ってきてたりしてな」
ガタガタガタ・・・ん?なんだあ?地震か?
・・・うおっ!?こ、コイツが震えてんのか?
そして涙を浮かべて、
「助けてくださいぃー。外に出た事がばれたら、あんな事やこんな事、
 あげくの果てにはあぁーんな事までされちゃいますようー」
こいつの言う、そういう事と言うのは、焼きごてで印をつけられたり、
改造されたり、・・・飯抜きだったりするんだろう。
うむ。多分、いや、確実にそうだろう。
「だろ?わかったならさっさと帰れ」
「うぅー、でも」
「でも?」
「やっぱり、なにかしたいですし、有彦さんがヘンなことしないように見張ってないといけません」
「オマエなぁ・・・」
「と、いうわけなのでついて行きますね」
ラストは笑顔でしめやがった。
ったく。
オレは何気に、このコロコロ変わる表情を気にいっちまってるみたいだ。
そのせいで言い返す気も失せちまった。
「ったく、邪魔すんなよ」
「はい!それはもちろん!」
やはり笑顔。
その笑顔の原因はどっからきてんだか。
っと、もう立ち止まっている必要はないな。
歩き出す前に心の中で思う。
スマン、遠野。どうやらサシで飲めそうには無い。
「んじゃ、いくぞななこ」
「はい!」



門の前で有彦を待つ。
あいつは約束事は守るほうだから時間までにくるだろう。
しかし、と、ヒマなので外から屋敷を見てみる。
いつ見ても時代がずれている気がする。
けど、いつも中で生活しているとそれをたいして不思議に思わなくなるのは謎だ。
外から見ると簡単に不思議に思うのに。
それを考えると生活も凄いんじゃないだろうか。
良家のお嬢様に、和風の使用人と洋風の使用人の三人と一緒に生活しているんだから。
・・・俺の存在はプーにしか思えないけど・・・。
うぅ、泣けてくるぜコンチクショウ・・・。
にしても、まだかな、と、坂の方を振り返る。と。
そこには黒づくめの女の子がいた。
名前はレン。そういえばさっき、人数に入れてなかったな、と反省。
なにしてるの?
と、目、というか、意識そのもの、のようなものから語りかけてくる。
「友達を待っているんだよ」
と、優しく返す。
そういえば、この子はまず言葉を話さない。
たぶん、話せるんだろうけど・・・、まぁ、それでも会話が成り立つからいいか。
・・・会話というのかは謎だけど。
と、レンが横にきて同じように坂の方をみつめる。
じぃーっと。
そのまま二人して立ったまま、坂の方を見続ける。
互いがそばにいる時間。
それはみつめあわずとも、話をすることも無いけれど、心地の良い時間だと思う。
こういう時間が終わる事も考えず・・・ん?服が軽くひかれてる。
「なんだい?」
どんな人がくるの?
むっ、なんとレンに答えたらいいだろう。
「そうだな・・・まず、見た目は悪そうだな」
けっこう中身もそれに比例している気もするが、さすがにレンを恐がらせてもしょうがない。
・・・。
ほら、レンも何も伝えなくなっちゃってる。
「恐がらなくてもいいよ。女の子には優しいヤツだから」
ふーん。
「まぁ、こんなトコかな。にしてもそろそろ来てもいいハズなんだけど・・・」
お、噂をすれば。
有彦が坂を登ってくるのが見えた。
二人で。
・・・え?ふ、二人?
うん、一人は有彦だ。間違えようも無い。
けど、もう一人は誰だろう?
一子さん───有彦の姉、ではなさそうだし。
うーん、と悩んでいると向こうもこっちに気がついたみたいだ。
その誰かわからない人は元気に手を振っている。
そして有彦は、というと、
遠野、スマン。
と、表情で訴えてくる。
・・・全然ワケがわからない。
一体何があったんだろう?
ほどなくその二人は坂を登りきる。
そして有彦は開口一番、
「スマン、遠野」
なんて言ってきた。
「ん、まぁ気にすることは無いよ。野郎二人で飲むよりいいだろ?」
「ウム、ヌシがそう言うのなら気にシナイでおこう」
うむ、まったくものわかりが良いヤツで。
「ところで遠野。その子は?」
有彦は軽く視線をレンに向ける。
「あぁ、その子はレン。レン、これがさっき話してた俺の悪友。乾有彦って言うんだ」
俺の紹介にあわせて、ぺこり、とおじぎ。
「はじめましてレンちゃん。・・・ったく、遠野もいいよなぁ。こんなかわいい子達に囲まれてよお」
有彦の言葉を聞いて自分もかわいいと言われた事に気がついたのか、すこし顔を赤くするレン。
「ヌゥ、なかなかいい反応で」
「有彦、かわいい子って自分も連れていたじゃんか・・・って、あれ?」
「どうした?」
「あれ、たしか有彦の横にもう一人いたハズだよな?」
有彦は顔を歪め、
「・・・あぁ。少々、いやかなり不本意ではあるが」
「どこ行ったんだろ?」
「どれどれ・・・」
有彦の顔が上、下、左、右、と動く。
下は、倒れてたり、しゃがみこんだりするだろうけど・・・さすがに上は向く必要が無いかと。
しかしまぁ、その範囲ならこちらの視界にも入ってくるからわかるはずなんだけど。
「ぬぅ?」
そして今度は後ろを向く。そして、
「発見。・・・ヲイ、なんで俺の後ろにいるんだよ」
と、その子の腕を掴んでほぼ無理矢理に横に出す有彦。
「よっと。こいつの名はななこだ」
「はじめまして、ななこちゃん」
ななこ、と言う子は何故か震えていた。
体調でも悪いんだろうか?
「ななこちゃん・・・ななこちゃん、大丈夫?体調でも悪いの?」
そして二度目の呼びかけにようやく反応してくれた。
「あ、はい。体の方は大丈夫です・・・あ、えと・・・」
「あぁ、そうか。まだ名前を言ってなかったね。俺の名前は、遠野志貴って言うんだ」
なぜかななこちゃんは俺の名前───しかも遠野、と言うところにあからさまな反応を見せていた。
「遠野・・・志貴、さんですか?」
「あ、うん」
よもやそれ程驚かれるとは思ってなかったのでおもわず生返事を返してしまう。
「おい、ななこ。オマエ初対面でその態度はちょっと失礼じゃねぇか?」
「なんか、わたし、知っているような気がします」
え、誰が誰を?
「えっ、そうなのか遠野」
どうやら俺とななこちゃんの事らしい。
「いや、俺は知らないと思うんだけど」
「あ、はい。志貴さんは知らないと思います。
 わたしのマスターがよく遠野って人についてよく喋ってくれる・・・というか
 私に対して勝手に喋りだしたりするんで、もしかしたらその遠野って人と同じ人かなって」
「マスター?・・・もしかして有彦のこと?」
「いえ、有彦さんは有彦さんです。そもそも、私のマスターは女性なので違います」
うーん、話がいまいちよくわからない。
「ふーん。そうなんだ」
と、答えるしかないのが今の俺。
「まぁ、んな事どうでもいいじゃねぇか。いつまでも門の前で立ち話ってのはなんだしよ」
何気に正論を放つ有彦。
たしかにずっと立ち話をしているし。
「それもそうだ。じゃ、いこうか」
「おう」
俺は門の中へと歩き出す。
有彦もついてくる。
レンとななこちゃんは何故かついてこない。
と言うより、足がとまっているのがななこちゃんで、それに付き添っているのがレンってかんじ。
まぁ、レンが一緒にいるなら大丈夫だろう。
っと、忘れてた。
「おーい、レン。レン達も一緒に来るかい?」
すると遠目からでもはっきりとわかるように、
大きく、コク。とうなづいた。
「じゃあ、俺たちはとりあえず離れの和室の方にいるから。ななこちゃんの事よろしくね」
「なぁにぃー!屋敷の中じゃナイのか!?」
と、横に並んだ男がわめく。
ったく、わかりやすい反応を。
「先にわかりやすく言っておいてやるけど秋葉たちは呼んでないからな」
ズガーン!と雷に打たれたかのようにショックをうけている男が一匹。
そこまでショックだったのか・・・。
「あのな。今日の目的は一応月見酒だ。そこへ秋葉達を呼んだらただの宴会じゃないか」
個人的にはそれもいいのだけれど。
たまには静かに飲みたい時もある。
まさにそれが今なんだけれど。
「ヌゥ、いたしかたナイ。今宵は我慢しよう」
おいおい、今宵ってなんだよ、今宵って。今日だけかい。
「行くぞ」
「ウィーッス」



視界からさっきの人───志貴さんがいなくなってほっとする。
だいじょうぶ?
と、そこへレンさんが無表情で心配してくれた。
「大丈夫です。あの、ところでレンさんは」
何?と首をかしげるレンさん。
「志貴さんのコト、恐くないんですか?」
全然。と首を横に振る。そして、なんで?と聞いてきた。
「あの人はとても儚げで、そのくせ触れるものを無意識に傷つけてしまうように見えるんです」
・・・。無言のレンさん。というより、無言でじっとみつめてくる。
「たしかにとてもやさしい、と言うのもわかるんです。
 でも・・・あの人はふつうの所にいてはいけない人なんです。」
・・・。やっぱり無言でじっとみつめてくるレンさん。
「あ、ごめんなさい。こんなコト、言っちゃいけないですよね」
いいの、とレンさんは語る。
今、幸せだから。
あの人が私を救ってくれたから。
あの人が私をありふれた日常の中にいれてくれたから。
言葉こそ出してはいないけれど、レンさんの言葉は確かに聞こえた。
「レンさん・・・」
あの人はやさしい人。
だから、そんなにおびえなくても大丈夫。
さぁ、いこう?
「・・・はい!」
そうしてわたしも歩き出す。
レンさんと一緒に。



うろうろうろうろ・・・。
すぐそこにとても座り心地のいいイスがあると言うのにそこに落ち着きもせず、ただ歩き続ける。
うろうろうろうろ・・・。
そばにいる人もせわしなく歩き続ける。何かが気になるように。
あらあら、・・・様も・・・ちゃんも、もう少し落ち着いたらどうです?と、声をかけるが二人は歩き続ける。
みんな気になっているんですねぇー。と、ひとりぼやく。
そういう彼女の後ろにはあとは調理するだけ、のモノが山とあったりするのだが。



とりあえず、レンとななこちゃんがくるまで和室で待機しておこう、ということで和室の戸をあけた。
「おぉ、また風情のある場所ですなぁ」
と、入る前にもいってた事をいう有彦。
「ま、とりあえずあの二人がくるまでまっとこ。月見にはまだちょっとはやいし」
「おう、おっ!?」
いきなり何かの生き物のような声をあげる男。
なんだっけ。アシカ?トド?オットセイ?・・・オットセイにしとこう。
「どうしたオットセイ」
「おうっ、おうっ、おうっ。っじゃなくて!お茶菓子だぁ!」
畳に寝っころがって、おうおう言ったかと思えばすぐに復活。
なんだかなぁ・・・って、え、お茶菓子?
和室をよく見てみるとお盆のうえにお茶菓子が箱で置いてある。
しかも箱のふたは箱の下に重ねてあってあきらかに、ワタシを食べて、さぁ!と、中身を見せてアピール状態。
「こんな事をするのは琥珀さんだな?・・・気を使わなくて良いって言ったんだけどなぁ」
「いいじゃないの。頂けるものは頂いとこう」
それもそうだ。
とりあえず心の中で琥珀さんに感謝。
それを知ってか知らずかどっかりと畳に座る有彦。
「お茶がないか見てくる。やっぱ、お茶菓子にはお茶だろ?」
「ウム、頼ム」
と、もう菓子を口にしている男が言う。
さて、俺は台所にお茶がないか見に行こう。

結構簡単に見つかった。
玄米茶と緑茶が。
どちらも相当いいモノだろう。
どっちにしようか・・・。
お茶菓子だから、甘めの玄米茶じゃなくてスッキリ渋い緑茶にしようか。
お茶を入れる。
お盆の上にお茶の入った湯飲みを二つ、空の湯飲みを逆さに向けて二つを置く。
急須も一緒にのせる。
右手にそのお盆を持ち、左手にはお湯の入ったポットを持ってバランスを上手く保って台所を出た。
その間、琥珀さんの差し入れと思われるお茶菓子を食べている有彦が生き残っているか流石に少し心配だったけども。

「お茶入ったぞー」
「おう、ワリーな」
どうやら生きていたようだ。
まぁ、毒物程度で死ぬようなヤツじゃないか。
それに琥珀さんが本気で仕掛けてきてたら絶対無理だ・・・いや、間違いなく逝くって。
そんな唐突に浮かんできた物騒な事を打ち消しながら両手のモノを置く。
「あれ、そういえばあの二人は?」
「まだ来てねーぞ」
と言う事で野郎二人でお茶を飲みつつお茶菓子を少しずつつまむ。
そんななんとも微妙な時間はスッっと戸が開いた事によって終わりを告げた。
・・・。
「お邪魔しまーす」
「おっ、きたきた。とりあえず座って座って」
なんでコイツがここの主人ヅラしてんだろ。
まぁいいか。
「レンもななこちゃんもお茶菓子どうぞ」
とりあえず菓子をすすめてみる。
もちろんお茶も入れ始める。
・・・。
レンは無言だけど表情がとてもわかりやすい。
甘さと美味しさを口の中にて堪能中のようだ。
「甘くて、とても上品な感じでおいしいです」
ななこちゃんも満足な様子。
一体いくらぐらいするんだろう、と考えてしまうのはやはり庶民的なんだろうか。
それはさておき、湯飲みに入れたお茶をレンとななこちゃんにすすめる。
「そういやさ、さすがにコップは持ってきてないよな」
「オマエなぁ、このビニール袋一杯の酒ビンを見て、どこにンなモンが入ると思う?」
言われて有彦の指す袋を見てみる。
酒ビンが一杯で袋の一部が伸びちゃってる。
うん。無理だ。ってーか、入れたらデンジャラス。
「んじゃコップも持ってこないとな」
再び台所へ向かう。

「コップはどこかなぁ」
と身近な所から見てみる。
良い具合にガラスのいたってシンプルなコップがあった。
一つ、二つ、三つ、四つ、と。
うむ、個数も足りている。
んじゃ落とさないように持っていくとしよう。
・・・ん?紙コップもあるな。
しかも丁寧な事に未開封。
・・・やっぱりこれも琥珀さんの仕業なんだろうか。
でもコップの数はもう足りてるし・・・。
どうしようか。
まぁ、せっかくあるんだし持っていくとしよう。
もし割れたりしたら替えのコップを取りに行くのはしんどいし。
うむ決定。
さて、皆のトコへ戻るとしますか。

「コップ持って来たぞー」
と、声をかける。
レンとななこちゃんと有彦。
こんな三人でも意外と会話が出来るらしい。
「うし、んじゃそろそろ」
と有彦が反応。
レンとななこちゃんは互いに顔を見合わせて、?、なんて顔をしている。
「行こうか」
と、俺。
有彦は酒、俺はコップを手に先に和室から外に出る。
その後をなんだかよくわからないままレンとななこちゃんがついてきた。



あのバカが、遠野の家に言ってくる、なんて言って家を出ていった後、
アタシは腹が減ったのでかるくメシを作って喰っていた。
遠野・・・あー、有馬のコトか。
喰い終わってタバコを一服。
バカが行く少し前に起きたから眠ることは無い。
しかも今、アタシは休み中。
ヒマなのでタバコ二本目。
ふと、目が床においてあるビニール袋に目がいった。
中には酒のビン。
おっ、けっこう上手かったヤツじゃないか。
そういえばあのバカ、これを持っていくとかのたまってなかったっけ?
遠野の・・・あの坂の上だね。
ヒマだから訪ねてみるとしますか。
と、いうワケで、アタシは酒の入った袋を持って家を後にした。



その場所は。
昔のボクが一度死んだ場所で。
今の俺がその時のボクを思い出して倒れた場所であって。
いつかの俺がオレと闘った場所でもあって。
そんな場所であっても、月は優しく光を落とす。
誰とも一緒になれないそらの月。
けれどその月の落とす光は優しくて。
よりいっそう月の孤独さを強めていた。

「・・・うわ・・・これはすげえ・・・」
・・・。
「なんというか・・・幻想的ですねえー・・・」
気がつけば、月に見とれていたのは俺だけではなかった。
見上げる事しばし。
有彦が目で、この場所でするのか?、と聞いてきた。
俺はうなづいて返す。
よし、と、どっかりと座り込む有彦。
それにならって俺もじかに地面に座る。
っと、コップを落とさないようにしないと。
紙コップは有彦が座る際においた酒の近くにおいといて、と。
レンとななこちゃんはまだ空を───月を見上げている。
「レン」
「おい、ななこ」
俺たちは二人同時にレンとななこちゃんに声をかけた。
レンとななこちゃんは二人同じようにこちらを向き、
なに?
「なんです?有彦さん」
とやっぱり同時に質問。
俺はレンを手招きし、有彦は
「とりあえず座れ」
とななこちゃんに命令口調。
レンは俺のすぐそばにちょこんと座って、何?、と首をかしげている。
俺は、はい、と言ってレンにコップを渡す。
「はい。とりあえず座りましたけど何なんですか?」
と、ななこちゃん。
俺はやっぱり、はい、と言ってななこちゃんにコップを渡す。
ななこちゃんはその、人の手というより馬の手のような手で落とさないようにコップを持った。
レンとななこちゃんはやっぱり、?な表情を浮かべている。
「おいよ。有彦、次はお前の番」
「おうよ」
ハテナ顔の二人を置いたまま俺たちは行動を続ける。
ちなみに有彦のコップは俺が持ったまま。
でないと、有彦が次の行動に移れないからだ。
有彦が酒のビンを手に動き出す。
誰からにしようか悩んでいる様子。
とりあえず、一番近くにいるななこちゃんからに決めたらしい。
「おい、ななこ。ちゃんと持っとけよ」
「え、あ、はい」
コポコポコポと、ななこちゃんの手にするグラスに注がれていく液体。
「あの、有彦さん。これは、そのおー・・・」
「酒だ」
「え、いや、そんなはっきりと言われても。そもそも有彦さん未成年じゃないですか。
 それにわたしお酒なんてはじめてだし・・・そのー・・・」
んー、ちょっとパニくってそう。大丈夫かな?
「良いじゃねえか。オマエもハメはずすために部屋から出てきたんだろ?」
と言いつつレンのコップに同じ酒を注いでいる有彦。
有彦の言葉を聞いて一瞬きょとんとするななこちゃん。
「それもそうですね。よーし、今日は飲んじゃいますよおー」
「ななこちゃん、無茶な飲み方だけはやめなよ」
有彦に俺の分を入れてもらいながら注意しとく。
「レンもね」
有彦が俺の手にあるもう一つのコップに自分の分を注いでいる間に言っておく。
「いよぉし!んじゃさっそく乾杯といきますか!」
気がつけば俺の手にあったコップが一つ、有彦の手に握られていた。
「何に乾杯するんだ?」
と聞いてみる。
「そりゃ遠野、アレにきまってんだろ」
アレと、有彦がコップを持っていない手で親指を指す。
親指の先にあったのは優しいが孤独、しかしそれでも綺麗な月。
「へえー、珍しいね。お前がそんな風情のある事言うなんて」
「ん?オレはいつでも風情をもとめるぜ?」
そういえばそうか。こいつは学校のある平日にお年寄りにまじってパックツアーに行ってしまうようなヤツだったな。
「遠野、お前は何に乾杯するんだ?」
「え?俺も何か言うのか?」
「当然。ななこもレンちゃんも言うんだ。お前だけ言わないなんてナシだ」
「え、うそっ!?」
レンとななこちゃんの方を見る、と。
レンもななこちゃんも固まっていた。
???!!!
「え、いきなりそんなこと言われても」
と二人とも驚きを隠していない。
有彦の方を見る。
ニヤリ・・・うわぁ、こいつ確信犯だ!
「んじゃ俺から!月に!」
言い終わったヤツが手でこっちにふってくる。次はお前だ、と。
「ええと、じゃぁ、この場所に」
俺が言い終わるとすぐに有彦はななこちゃんに手をむける。
「えー、わたしですかあー!んーと、んーと、今この時間に!」
最後にレンに手が向く。
レンの意識を聞き取ろうとみんなレンの方を向く。
・・・みんなに。
確かに聞こえた。
「んじゃ、」
『かんぱーい!』
声が重なり合った。



ようやくついた。
まったく、馬鹿でかい家だ。
門は開いてるね。
とりあえず門を抜けて屋敷にむかう。
さて、あのバカはドコにいるんだか。
屋敷の扉の前についた。
っと、また不似合いなインターホンだ。
アタシはインターホンを押す。
中から反応が返ってくるまでの間に口にくわえてたタバコをとっておく。
流石にくわえっぱなしで人の家訪ねるのもね。
扉越しに、はーい、と言う声と、パタパタ、とスリッパの音が聞こえてきた。
ガチャ。
はい、どちらさまですか?
目の前に出てきたのは和風の使用人。少し驚いた。
アタシは乾一子と言うんだけどね、乾有彦ってバカがお邪魔してると聞いたんだけど。
乾有彦さん、ですか?・・・あぁ、今日来るとお聞きしてた志貴さんのお友達ですね!
奥から二人ほど血相を変えて出てきた。
一人は黒髪でここのお嬢なカンジ。
もう一人は桜色の髪をした、洋風の使用人。
あー・・・どうしたんだい?その二人は。
えー、たぶんですねえ、さっき私が言った、志貴さん、と言う言葉に反応したんだと思います。
はー、こりゃ有馬のヤツも果報モンだね。と、思う。
琥珀、そちらの方は?となんとか持ち直して黒髪の子は訪ねてくる。
今日来ていらっしゃる志貴さんのお友達の、乾有彦さんの・・・えーと
姉だよ。
乾さんのお姉さまでしたか。私は遠野秋葉。遠野志貴の妹です。
はじめまして、と握手をする。
そっちの喋ってない子は?
この子はですねえ、私の妹の翡翠ちゃんです。
はじめまして。と、淡白な顔で言ってくる。さっきの顔とは大違いだ。
で、私は琥珀と言います。よろしくーと、笑顔だ。
ところで何の御用ですか?と琥珀。
ああ、あのバカが持っていくのを忘れたものを持ってきたんだけど。とビニール袋を前に出す。
多分、あちらの離れの方に志貴さんと一緒にいらっしゃると思います。
ありがと。とアタシは離れのあるほうに行こうとした。
お待ち下さい。というまだ聞いたことの無かった声に止められるまでは。
なんだい?とアタシが振り返ると、
あの・・・私がその袋をおもちいたします。と翡翠。
いや、私がおもちしますよ。と琥珀。
有彦さんと面識があるのは私ですから私がおもちします。と秋葉。
ははーん、みんな気になってるんだね。
じゃ、みんなしていこうか。と背中を押すように声をかける。
秋葉は、はい、とうれしそうに。
翡翠は、はい、と顔をすこし赤くして。
琥珀だけ、あ、ちょっと待っててもらえますか?といった。
どうしたの琥珀、と秋葉が尋ねて言う。
手軽なおつまみをつくってきますー。と言うなり屋敷の中に駆け込んでいってしまった。
・・・アタシはどうしたもんかね。
有彦さんのお姉さん。と秋葉に呼ばれる。
なんだい?
琥珀を待っている間こんなところで立っているのもなんなので、中にお入りになりませんか?
すまないね。・・・あ、そうそう。そういえばさっきの琥珀って子にしか言ってなかったね。
アタシの名前は乾一子。・・・それじゃおじゃまするよ。



乾杯してから少ししかたっていないのに
「・・・」
「・・・」
俺たち二人は無言になっていた。
それは月があまりに美しいからではなく、
あまりに酒が上手くて言葉を失ったわけでもなく、
「ねえー、れんさあーん、きいてくださいよおー・・・。わたしのますたーはデスね?そりゃもうヒトデナシでねえー?もおーまるでオニですよおー、おにぃ。なぁにがカレーだあ!そぉんなにかれーが好きならひとりでインどでもドコでもいってこいぃってンダあー!」
という、もはや文字表現もすこしおかしくなってきているななこちゃんを見ているからだ。
ちなみにレンはそれを聞いているのかいないのか、
ほぉーっとした顔でちびちびとお酒を楽しんでいるようだ。
なんだか翡翠みたいに飲むんだなぁ、レンって。
ちなみに。
俺たち二人は二人からすこし間を空けて座っている
「まぁなんだな、有彦。さわらぬ神に」
「タタリ無しってことで」
どうやらしっかりと同意見らしい。
それを顔にだして笑いながら飲む。
有彦が先に飲み干してコップにもう一杯注いでいるところへ俺も飲み干してコップを突き出す。
「あれ?なんだ。お前も今日は飲むじゃねえの」
「たまにはいいだろ。・・・まぁ、最初だけさ」
さいですか、と顔に出しながらも酒を注いでくれた。



琥珀を待っている間、アタシ達はとりとめのない話を続けていた。
あの琥珀って子は料理は上手いが細かな掃除がとんでもなくヘタなこと。
それと対照的に妹の方の翡翠って子は掃除など大半の事が上手いが料理がとんでもなくヘタなこと。
秋葉は胸が無い事をとても気にしていること、など。
まあ、さすがにこう言う事は男供には話せないね。
とそんな時、おまたせしましたー。と琥珀が大きな器をかかえて出てくる。
おー、聞いていた通りに上手そうなモンがならんでいるじゃないか。
一つ、いいかい?
味見ですか?お口にあいますかどうか。
とりあえずから揚げを一ついただきますか。
んーー・・・凄いね。店出せるよ。
ありがとうございます。
この若干違う風味はハーブの種類・・・酔いにいいヤツだね。それと脂肪の分解を助けるヤツ。
あ、よくわかりましたねー、大正解です!味覚いいんですねー。翡翠ちゃんに少し分けてもらえませんか?
姉さん・・・。
それなら琥珀も翡翠の掃除の上手さをわけてもらえば良いじゃないか。
なっ!?どこでそんなことを!
ん?さっき、アンタを待ってたときに雑談として聞いたよ。
秋葉様・・・ですね?
ん?・・・あー、たしか翡翠は止めようとしてたね。
い、一子さん!?とは秋葉の声だ。
それじゃこの事を教えてもいいですよねー・・・。と琥珀がちょいちょい、と手を招く。
なんだい?
ちょっと耳を貸してくださいねー。と、大きな器を片手で支えながらもう一方の手を口の前にもってくる。
器がぐらぐらと不安定なので手でささえてやる。
あ、どうもすみません。と感謝された。
それで、あのですねー、とワザと声を周りに聞かせるようにナイショ話をはじめた。
秋葉様は頑固でへそまがりなのでいつも大変なんですよー。
へえー、とうなづいてみる。
琥珀・・・死にたいの?とは髪の色が変わったように見える秋葉のセリフか。
志貴さんの事好きなんだったらもっとストレートに行かないとダメですよねー。
そうなのかい?と聞く。
するとまぁ、あ、一子さんは初耳でしたねー、忘れてましたー、なんてワザとらしく言いのけた。
秋葉の髪の色だけでなく表情も髪と同じような色に変わったのは気のせいだろうか。
まあそんなコトはどうでもいい。
まあ良いじゃないか。どうせあんた達三人とも有馬の・・・っと、志貴の事が好きなんだろ?
サラリと言ってみる。
みんな視線を合わそうとしない。
ここまでわかりやすい反応をしてくれると面白い。
んじゃ、行こうか。
『はい』
・・・アタシがリーダーみたくなってないか?



さてと・・・もしかしてまだななこちゃんはレンに絡んでいるのかな?
「ありひこさんもありひこさんですよー、わたしによく手をアゲたりしてえー。わたしハせいれーですから?まあーからだはだいじょぶナんですけどおー、ココろがいたいですヨねえー?えーい、もっとノんでやるぅー!」
あ、まだやってる。
レンの方は、あ、今丁度飲みきってる。
で、少しの間ほぅーっとして、あ、目が合った。
とりあえず俺は少し笑ってみせる。
レンはほぅーっとした顔で少し何かを考えた顔をして、
ほぅーっとした顔で俺の方へ歩いてきた。
なんだか目が眠たそうだ。
「どうしたの?レン」
優しく声をかけてみる。
するとレンは、ポテ、と俺の足に頭をのせるように倒れた。
「レ、レン?」
驚いたので顔を覗き込んでみると、そこには幸せそうに眠っているレンがいた。
「・・・おやすみ、レン」
レンの髪をすくようになでる。
有彦の方を見るとなんだかずいぶんやわらかく笑っている。
「とまぁ、こんな状態だからさ。酒が手に届くところまで持ってきてくれないかな」
「了、解」
有彦が酒を動かしてくれた。
「で、あ、れんサンきいてますかー・・・?ありゃあー?れんサンは・・・はっけーん」
と目がイってるななこちゃんが動き出す。
もう足元もかなりふらふらだけど。
「ありゃあ、れンさンは寝てしまったんですかアー、じゃあわたしもおー。オヤすみナさあーい」
ポテと、有彦の足に上手いこと頭をのせて横になるななこちゃん。
「げ、ということはコッチも」
と言いながらななこちゃんの顔を覗き込む有彦。
こちらもまたずいぶんと幸せそうに寝てるなぁ。
「むにゃむにゃ・・・ありひこさーん・・・だいすきですー・・・」
有彦の顔がこっちに向く。
俺もさきほどの有彦のように、やわらかく笑っていた。
照れ隠しのためか軽く頬を掻きながら有彦が言う。
「なんか足のあたりにオプションがついちまってるが」
「結果的にサシになったな」
互いに苦笑い。
「しかしまぁ、お前もずいぶん慣れた様じゃねえか」
「何に?」
有彦は酒をかるくあおってから
「ここだよ。遠野の家。はじめの頃は毎回学校でヒーヒー言ってたのによ」
あ、今でもたまに言ってるか、と付け足す。
「まぁね。・・・そりゃはじめは嫌だった」
うーん、酒で口が軽くなってしまってるんだろうか。
「でも、今はこう思ってる。帰ってきてよかったってね」
「そりゃあんな可愛い子達にかこまれりゃ男として当然だろ」
「そういうワケだけじゃないよ。なんていうかさ、家族、って言うのを感じるんだ」
言いながら眠るレンの髪をなでつづける。
「家族、ねえ」
有彦は空になった自分のコップに酒を注ぎ始める。
「それだったら有馬の家の方は、家族、じゃなかったのか?」
「いや、有馬の家の方も家族だよ。うーん、なんていうかさ、有馬の家の方は
 すでに家族として出来上がっているところに自分がいる、って感じがどうしても抜けなかったんだ。」
「それはオマエが考えすぎてたのもあるんだろ?」
「ああ。でも、やっぱり最後までそれが抜けなかった・・・今でも大切には思ってるけどね。
 こっちの方はさ、なんて言うんだろ。俺がいてもいい、遠野志貴がいてもいいって思えたんだ」
「そっか。よかったな」
「うん」
酒が互いを素直にさせてるんだろうか。俺にはそうとしか思えない。



で、アタシ達はと言うと、男同士の会話に入っていく事をためらっているようだった。
というより、ただの盗み聞きだね、コリャ。
しかしまぁ、有馬のヤツも言うねえ。
これをバカに言わずにこの子達に言ってやれば良いのに。
ま、立ち聞きしているから丁度この子達の耳にはいってるだろうけど。
おーおー、この子達みんな女の子してる顔だよ。
さあ、いつまでココでじっとしているのかねえ?



さてと。
さっきから人がいる気配がずっとしてた。
「遠野」
どうやら有彦も気がついていたようだ。
「ああ。みんなで飲んだほうが美味しいもんな」
うむ、と有彦も同意見。
「と言う事。出てきて一緒に飲まない?」
木の陰に隠れている人に向けて言う。
俺も有彦も遠野家に住む人間が出てくると思っていた。が、
「なんだ、バレバレかい。面白くないね」
と言って出てきたのは乾家の人だった。
って、えええええええええええ!!!!!?????
「イ、イチゴさん!?」
「姉貴!?なんでココにいるんだよ!?」
イチゴさんはサッパリと流す。
「そうギャーギャー言わない。その子らが起きちまうだろ?」
う・・・反省。
俺たちは恐る恐る自分の足元に眠る子達を見る。
・・・良かった、まだしっかりと寝てる。
「ところで、なんでイチゴさんがここに?」
「そうだ。なんで姉貴がここにいるんだよ」
見たところ、イチゴさんの顔はあきれてる。
「有彦。アンタ一番美味いモノ忘れてったろ」
「一番美味いモノ?・・・げっ」
大声を出さないように自分の手で口をおさえる有彦。
「ホラ、持ってきてやったよ」
う・・・と有彦はバツが悪そう。
「しかし有馬。アンタもホント半端に好青年してるね」
「え?」
それはどういう意味ですか、と聞こうとするとイチゴさんの話は続いた。
「ねえ、アンタ達もそう思うだろ?」
と木陰に向けてイチゴさんは言う。
すると、そこから遠野家の人が三人出てきた。
「え・・・そんなに隠れてたの?」
これにはちょっとビックリ。
よもやこれほど隠れていたとは・・・。
「おや、秋葉ちゃん。ひさしぶり」
「お久しぶりです、有彦さん」
「秋葉ちゃん達も一緒に飲む?」
「もちろん!」
・・・気がつけば一緒に飲むようになってるし。
「イチゴさんも一緒に飲みますよね?」
とりあえず聞いてみる。
「そうだね。アタシも呼ばれるとしようか」
うん、やっぱり飲む気があったか。
あとから合流した四人は俺が見つけてもってきた紙コップを使って飲みはじめる。



その<時>は。
みんなが良い笑顔で。
いつもなら考えてしまう物事の終わりや物事の裏にあることなんて考えなくて。
ただ表にみえる、その笑顔がとてもまぶしくて。
いつまでもいたい、と思った。
終わりなんて考えなくていい。
来てから気付いてもいいじゃないか。
だから今は。
この幸せの中にいたい───。



遠野家、屋根上。
あーあ、いいなー。みんなでワイワイやってさー。
そんなにうらやましいのなら行ってくればいいじゃないですか。
あ、いたんだ。・・・いけるワケないじゃない。
どうしてです?いつもなら他人の事なんて考えもしないくせに。
む、なんかひっかかる言い方ね。
まあいいわ。あの子があんなに安心して眠っているのに、それを邪魔するのも嫌だし。
あれは夢魔ですね。しかし、なぜ?
・・・あの子はね、長い間ずうーっと一人だった。みんなでいる事を望みながら、一人だったのよ。
・・・。
でもようやく今、みんなと一緒にいられるようになったの。
彼があの子を一人きりの世界から、そんな世界に連れて行ってくれたのよ。
彼、ですか。
そう。彼がいる影響は大きいわ。・・・あなたもそうでしょう?
私がですか?
そう。彼がいなかったらこうして話をすることもなく、不意打ちを食らわせ続けるんでしょ?
ずいぶんと失礼な言い草ですね。
なんなら、やる?
遠慮します。今夜は満月。どうあがいても私には勝ち目がない。
それもそうね。でも確かにあなた、変わったわよ。
どこがですか?
そうね。丸みというか柔らかみというのか、そういうのが表に出てきてる。
・・・確かにそうかもしれません。でも、それを言えば貴女も変わりましたよ。
ドコが?
すべてです。より、人間くさくなった、というべきでしょうか。
・・・ほめ言葉としてうけとっておくわ。・・・しかし、ホント彼は不思議な人ね。
ええ。まわりの人間───人外の存在でさえ恐れさせる危うさをもつ人なのに。
同時に周りの人間をほっとさせるような何かも放っている。
本当に不思議な人です。
あの月が人になったらこんな感じになるんだろうな。
月が、彼に、ですか?
そう。空にたった一つに浮かぶ月。それはとても冷たくて悲しいことなのに、
その姿は美しく、優しさをもつ光を皆に落とす。自分の事など考えずに。ただ人のため。
彼ももう少し自分のコトを心配してくれるといいんですが。
ホントそうね。いつでも人のことを心配してる。
・・・。
・・・。
それで。貴女はここで何をしてるんです?
んー、はじめはねー、夜中にこっそりとお酒もって彼のトコへ押しかけようと思ったんだけど・・・。
今の状況をみて今にいたる。というワケですね?
そういうコト。あなたの方はなんでここにいるの?
留守番を頼んでたはずの子が実体を持ったのをいいことにフラフラ遊びに出てしまったので・・・。
それってもしかして、あっちの男の膝枕で寝てる精霊のこと?
そうです。まったく・・・家にかえったら躾しなおさないといけませんね・・・。
いいんじゃない、今日ぐらい。あの精霊もずいぶん安心して眠っているようだし。
・・・ふう。まあ今日ぐらい大目にみてあげますか。
お、えらいえらい。じゃ私達も飲もうか。
え?
相手が彼じゃなくてあなたなのは嫌だけど、せっかくのいい月だし、ね。
その意見には賛成です。・・・私だってあなたなんかより彼と飲みたいですよ。
んじゃ乾杯。
乾杯。

キィン。





パチッ。
ムクッ。
キョロキョロ。
ここは和室。あ、すぐそばで志貴が寝てる。
秋葉、琥珀、翡翠、ななこ、有彦、それとあと誰かわからないけどお姉さんっぽい女の人も寝てる。
「うーん、ありひこさーん・・・」
これはななこの声。多分寝言。
そっちの方をみる。
有彦の手がななこの頭をゆっくりとなでつづけてる。
でも二人とも寝てる。
それじゃ私も応援しよう。
有彦とななこを。





「!!!!」
「!!!!」
ガバッと起きる有彦とななこちゃん。
君達が一番起きるのが遅かったよ、と言おうとしたんだけど・・・なんか様子がおかしい。
あ、ほら。
二人とも一瞬だけ相手の顔見て。
顔を真っ赤にして。
「あ、おはよ・・・」
「あ、おはようございます・・・」
なんて顔をそむけながら言って。
「ほら、二人とも起きたら外へ出て。みんながいるから外で朝食を食べようって事になってんだから」
俺が二人をうながすと顔を赤くしたまま、互いに視線をあわせないように二人は外へ出て行った。
・・・レンの仕業かな?と思ったけど、
琥珀さんの、志貴さーん。はやくこないと朝ごはんたべちゃいますよー、なんて声で考えは中断。
「はーい、今行きます!」
と答えて俺はみんなの待ってる外へ向かった。




END




(あとがき。)
結構かかってしまいました。
この分じゃもう一本はヤバそうです(夏休みの間に月姫ネタ二本!ちう計画)
しかし、何に感化されたかまるわかりですね。
月姫本編の「カインT」に入る前の部分と、
あの、歌月十夜のシメ。健速さんの書いた「酔夢月」ですよ。
酒を飲みながら語り合う。それを書きたかったんですが・・・どうだか(汗)
あと、誤字脱字は大目にみてやって下さい。
でも「こことここが〜」と教えていただけるとありがたいです。
あとはアルクさんにまかして、ダッシュ!(逃亡)
おっとっと。何かありましたら私のほうまで連絡くださいな。
でわ!(もっぺん逃亡)

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