北川シリーズ第2

心地良い風が、密かに自慢の髪をなびかせる。
この丘から眺める風景は、いつ見ても変わらない。 
不変。
この世に存在する限り、絶対にあるはずのない事。
だが少なくとも、この風景だけは自分が生きている限りは変わる事はないだろう。
ちらりと自分の足元を見る。
真新しい一つの墓があった。
そこに刻まれる名前は相沢祐一。
嘗ての自分の親友にして、目標だった男の墓。
それを見やる自分は、これから先、何を想うのだろう・・・。


Kanon another 
風の辿り着くこの丘で・・・


その報せが来たのは、大学の講義中だった。
連絡者は親友の居候先の叔母。
いつも泰然とした微笑を浮かべていたあの女性の、その時のひどく動揺した声が印象的だった。


高校を卒業してから、俺たちはバラバラになった。
俺は経済学の大学へ。
相沢は司法専門の大学へ。
美坂は医大へ。
水瀬は体育大学へ。
それぞれの将来に向かって、俺たちは歩み始めていた。
それでも、頻繁に4人で集まって飲みに行ったりした。
酔いつぶれて寝てしまった水瀬を背負う相沢の困り果てた顔が面白くて、美坂と一緒に笑っていた。
何時見ても、相沢の顔は輝いていた。
そして俺たちも、相沢と一緒にいるだけでその時々を輝いていられた。


死因は交通事故だった。
道路に飛び出した子供を、偶然見ていた相沢は助けようとして大型のトラックに轢かれた。
子供は寸前で相沢が突き飛ばし、軽い擦り傷を負っただけだったそうだ。
あのお人好しの相沢らしい最後だ。
相沢の遺体は、二目と見ることも出来ない無残な姿になっていたらしい。
それも当然だろう、大型の、しかもトラックに轢かれたのだから。
相沢を轢いたトラックはその後も相沢の身体を10メートルも引き摺って、ようやく止まったらしい。
駆けつけた救急隊の人の話では上半身と下半身は完全に断裂し、骨は大部分が砕け内蔵もそこかしこに飛び散っていたらしい。
最後に、火葬される前に見た相沢の顔は、なんだか別人のようだった。


相沢の葬式には、沢山の人が集まった。
嘗ての担任の石橋を始め、クラスメイトに大学の友人、相沢に関った全ての人が集まった。
始めてみた相沢の両親は、どこか呆然とした表情で我が子の葬式に参加した。
その後、相沢を轢いたトラックの運転手が葬式に来た時が大変だった。
あの秋子さんがもの凄い剣幕で運転手に掴みかかり、相沢の両親と一緒に運転手を殴り倒した。
今でも、相沢の父親のあの怒鳴り声は覚えている。
そして、そうなる原因を作ったあの運転手の言葉と行動も・・・。
『ふん!てめぇがドンクセェから、俺が職失っちまったじゃねえか。どう責任取ってくれんだよ!!』
そう言って、相沢の棺を蹴りつけた。
『貴様ぁ!?それが自分が殺した者への礼儀か!お前も殺してやるっ!!』
幸か不幸か、運転手は殺されずに済んだ。
しかし、一生をベットの上で苦しみのたうつはめになった。
ざまぁみろ。


爽やかな清涼の風が吹き抜ける。
相沢の遺体は、生前あいつが好きだった妖狐伝説が伝わる丘に埋められた。
通称、『ものみの丘』と呼ばれるこの丘に。
いつ来ても、寂寥感と少しばかりの哀愁を感じるこの丘の何処が相沢の好みだったのか?
今となっては、それも永遠の謎だ。
「なあ、相沢。皆元気でやってるぞ。
 美坂は、ずっとなりたがっていた医者になったぞ。
 水瀬も、お前の死を乗り越えて、立派、かどうかはわかんねぇけど、教師になった。
 俺も・・・」
ここ最近。
といっても、相沢が死んでから1年経った頃からこうやって俺たちの近況を伝えに来るのが習慣に成りつつあった。
「俺も、やっと念願叶って、美坂と結婚の約束を取り付けたよ。
 どうだ、羨ましいだろ?
 美坂みたいな美人と結婚できるんだ。俺は幸せ者だね〜」
きっと、いや確実に、傍から見ると俺は変人に見られるだろう。
もう既にこの世界に存在しない者に語り掛けているなんて、世間から言ったら立派な変人だ。
それでも、俺はこの習慣をきっと止めないだろう。
確かに意味は無いかもしれない、だけど、相沢に憧れていた嘗ての想いがそれを止めさせてくれない。
相沢の時はもう止まってしまったが、俺たちの時間は流れている。
今、この瞬間にも。
だから・・・。
相沢が、俺たちに置いていかれないように。
いつも4人一緒だったから、これからも4人で一緒にいられるために・・・。


『ったく、いつまでそうやって自分を誤魔化す気だ、北川?』
ふいに、懐かしい声が聞こえてきた。
驚いて振り返る。
そこには、嘗てと同じ姿で佇む、親友の姿があった。
「相沢・・・」
不思議と、疑問は湧かなかった。
生前からおかしな奴だった。だから、今さら相沢が幽霊になって化けて出てきても、疑問に思わなかった。
『はぁ。もう一度言うぞ、北川。いつまで死人の俺に気を使う気だ?』
相沢は無表情に聞いてきた。
その声は、どこか非難と若干の呆れを含んでいた。
「だってよぉ!俺たちいつも一緒だったろ?なのに突然、お前はいなくなっちまったんだ・・・。
 俺じゃなくても、そう思うだろ?!お前だって気付いてた筈だぞ!
 いつだって、お前は俺たちの親友であり、目標だったんだ!!」
支離滅裂な言葉の羅列。
言いたい事がありすぎて、もはや自分が何を言ってるのかすらも分からない。
そんな俺に相沢は、あの頃の笑顔を浮かべて言った。
『ばーか。お前達が気にすることは無いんだよ。あれは俺が自分の意志でやった事なんだ。
 まあ、それで死んじまったんだから自業自得なんだよ』
「っ!!でもよぉ!?』 
『まぁ、聞け北川。
 確かに、死んじまった俺と、生きているお前達とでは時間の流れは違う。
 俺の時間はもう流れることはない。でもな、お前達の時間は流れているんだ。
 さっきおまえ自身もそう思っただろ?』
謳うように言う相沢の言葉には、優しさと労りが感じられた。
死して尚、相沢は輝いていた。 
そう、俺たちが憧れていたあの頃のままの輝きで・・・。
『だったら、先に進め。
 この先、俺には決して見る事のない未来を。今を生きているお前達には、その権利がある。
 そしていつの日にか、もう一度逢えた時、その未来を語ってくれ。
 俺が、お前達に求めて止まない希望の未来を、お前達の生きた証を』
笑顔でそう語る相沢の瞳から、一筋の涙がこぼれる。
その時になって、初めて俺は理解した。
そうだ、相沢だって悔しかった筈だ。
いつだったか4人で飲みに行った時、酔った相沢がポツリと言ったことがる。
『こんな楽しい時間が、いつまでも続いたらいいのにな・・・』
相沢だって、俺たち4人で、ずっと一緒に生きていたかったに違いない。
『だから前に進め。
 それに、お前にはもう自分を支えてくれる人がいるんだろ?  
 もう死んでしまった俺ではなく、自分を支えてくれる人の方を大切にしろ。
 失ったものに気付かない事ほど、つらいものはないんだからな・・・』
やっぱり、相沢は凄い奴だ。
改めてそれを、思い知らされた。
でも、それでこそ、俺たちが憧れた甲斐があったというものだ。
「分かったよ、相沢。俺も、これからは、前に進んでみる事にするよ。美坂と一緒になっ!」
だから、精一杯の、今の俺に出来る最高の笑顔で答えてやった。


『もう、時間だな・・・』
やっぱり唐突に、相沢は呟く。
「もう、行くのか・・・?」
『ああ。だけど心配するな!あと数十年後には、たぶんまた4人一緒だ』
「そんな縁起の悪い事を笑顔で言うなぁ!!」
『ははは!でも、事実だろ?だからその時まで、ゆっくり眠るとするよ』
そう言いながらも、相沢の体はどんどん透けてきた。
「おうっ!そんときゃ土産話寝る暇も無いくらい、いっぱい持ってってやるから、それまで寝溜めておけよ」
その言葉に嘗てのように笑いながら頷く相沢の姿が、ひどく印象に残った。
『じゃあな、あの世で待ってるぜ!親友』
軽く片手を上げ、笑いながら、親友は消えていった。
相沢らしい、あっさりした軽い別れ方だった・・・。
「ああ、またな。親友・・・」


気が付くと、空には黎明の月が浮かんでいた。
爽やかな心地良い風が、密かに自慢の髪をなびかせる。
この丘から眺める風景は、やはりいつ見ても変わらない。
寂寥感と、哀愁が漂うこの丘には、一人の親友が眠っている。
最後にもう一度だけ、振り返って墓を見る。
「なんとなくだけど、お前がこの丘が好きだった理由が分かったよ・・・」
それから、二度と振り返る事なく丘を下った。


不変。
永久に何も変わらない事。
それは、親友であり、目標だった男が見せた、たった一つの弱み。


                                                        END




後書き

どうも、作者の神代 ツバサです。
え〜この作品は、Kanonの本編が終わって7年後の世界です。
祐一君が死んで、それを受け止めきれかった北川君が幽霊の祐一君と出会い、
そして祐一君の死を乗り越えるという物語です。
私としては、珍しくシリアスな短編SSを完全に仕上げれて少し感無量です。
相変わらず下手な作品ですが、読んでくれて少しでも感動してくれれば作者としては嬉しい限りです。
あ、ちなみにこの北川シリーズ、いろんな所に投稿しているので、もしかしたら違ったジャンルの私の作品が見られるかも・・・。
まあ、暇があったら探してください。
では、さようなら〜。


戻る